今回は、ホテルエメラルドアイル石垣島で開催された写真展「サンゴ万年の願い 生命つなぐ八重山のサンゴたち ※1」の会場にお邪魔した。
※1 石垣島での写真展は2024年9月27日に終了。展覧会情報はページ下部をご覧下さい。
サンゴを追い続けた一年
2023年7月に開催された写真展「サンゴ万年の願い 生命百景色」から1年。南條さんは八重山のサンゴを撮り続けていた。2023年の展覧会では、石垣島北部・伊原間(いばるま)の海で出会ったサンゴの定点撮影を続け、2022年の大規模白化の状況を記録した一連の作品が並んでいた。胸が締め付けられるような白化の現実と、それでもなんとか生きようと命をつなぐサンゴの力強い姿。サンゴがどうやって生きていて、どうやって再生していくのか。報道で取り上げられることの多い白化の状況だけでなく、その事実を俯瞰で捉え、彼らがどう再生し命をつなげているかという長期的なテーマを追いかけ、撮影を継続していくことを決意した南條さんの想いに触れた取材だった。
2023年の展覧会を取材した記事はこちら https://www.stbisg.com/post/akirananjo
南條さんはその後、伊原間での定点観察に加えて、石垣島周辺や西表島など八重山の広域へと撮影範囲を広げた。その理由について南條さんはこう語る。
「2022年の大規模白化のあともサンゴはまだ生きていて、今後も命をつないでいくということを信じていたし、それが本当かどうか、撮影エリアをより広範囲に広げて確かめたかったんです」
今年2024年の展覧会では「2022年の大規模白化のあと、八重山にはまだまだこんなに元気なサンゴが残っていて、懸命に命をつないでいます」というストーリー構成を考えていた。しかし、今年4月、オーストラリアのグレートバリアリーフで大規模白化が発生したことが報道され、八重山でも白化が起こる可能性があると予見した。そこで、写真展の開催時期を夏の終わりの9月に設定し、できるだけ最新の情報を展覧会に反映することにしたそうだ。実際に、7月初旬に西表島西部で潜ったときには白化が始まっていた。
サンゴはいくら撮っても飽きない
展示会場に一歩入れば、見渡す限りサンゴ、サンゴ、サンゴ…。昨年の展覧会では、満天の星空やマンタの写真など、サンゴ以外にも八重山の魅力を伝える写真も展示されていたが、今年はサンゴに絞ったそうだ。
「『サンゴばかり撮ってて飽きない?』と訊かれるんですが、全然飽きないんですよ。サンゴって多様だし、同じサンゴでも様々な表情があるんです。できることなら自分がサンゴになって、サンゴの気持ちを聞いてみたいです」
南條さんのサンゴ愛はさらに深まっていた。サンゴの魅力を心底理解している南條さんの眼を通しているせいか、サンゴの写真だけが並んでいるのに見ている方も飽きない。彼らは実に表情豊かで、色も形も、そこに写し撮られた命のエネルギーも様々だ。
そもそも白化とはなにか
サンゴの体内には褐虫藻と呼ばれる藻類が共生していて、光合成によりサンゴに栄養を与えている。しかし高水温などのストレスが続くと、本来共生関係にある褐虫藻がサンゴの体内から排出されたり、サンゴに捕食されて失われてしまう。その状態が3〜4週間ほど続くと、蓄えた栄養分が枯渇してサンゴは餓死してしまい、白い骨格が剥き出しとなる。これが白化だ。サンゴは通常、粘液を出して藻類などから身を守っているが、骨格が剥き出しになった状態では防御ができないため、あっという間に藻類に覆われていく。こうなると回復できない状態となってしまう。
サンゴは、その長い歴史の中で、危機にさらされながらも新たな命をつないで回復するということを繰り返してきたが、近年は大規模白化が起きるスパンが短くなっており、回復する前にまた危機に瀕するという状況に陥っている。今年2024年は、2022年は比較的影響の少なかった水深の深い場所でも白化が確認されているのだそうだ。
命つなぐサンゴたち
サンゴたちが危機的な状況におかれていることは確かだが、彼らの回復力(レジリエンス)や急激に変化する環境への適応力にも注目したい。
何度も大規模白化を経験している八重山一帯のサンゴは、この経験から、熱耐性を獲得した可能性があるという。褐虫藻には種類があり、サンゴがその環境に適したものを選んでいると考えられるそうだ。なぜそれを選ぶかという研究が現在進められているそうだが、それが事実なら、熱耐性の高い褐虫藻をサンゴ自身が選ぶことで環境の変化に適応している可能性がある。
また、大規模白化を経験したことで、サンゴがわざと成長速度を落としている可能性もあり、このことは世界的にも研究されているのだという。一般的にサンゴは1年に数センチ成長すると言われるが、その年によって異なるそうだ。大きいとそれだけ生きるためのエネルギーが必要になるため、あえて成長速度を落とし、省エネルギーで過酷な時期を生き延びようとしているのかもしれない。
「実際の海でサンゴの観察を続けていて、明らかに成長速度は平均値的ではない、また同種のサンゴでも生息環境が変わればその成長が左右されていると感じています。動物的観点からすれば環境に適していく能力や効率を考慮しながら、成長度合いも左右するほどの制御をしていると仮定するならば、サンゴの生物としての魅力をさらに強く感じてなりません」
サンゴは、あらゆる方法でなんとか環境に適応しながら、何億年も命をつないできた。
「今年も大産卵だったんです。もしサンゴが生命の危機を感じて、大量に産卵しているのだとしたら、その生命の可能性にはとても驚かされますよね」
「8月初旬に潜ったときにはああもうだめかなと思ったところでも、エリアによっては1か月後にすごい回復を見せていたんです。サンゴの生命力ってすごいとあらためて思いました。環境さえ整えればこれだけ回復することができる。生命をつなごうとする姿は本当に素晴らしいです。だからこそ、大事にしなければと強く思いました」
白色和紙への挑戦
今回の展示では、すべての作品を白色和紙にプリントした。水中写真としては初の試みだそうだ。和紙は通常の紙よりもインクを吸うので、色の再現が難しく手間がかかる。それでも南條さんが和紙へのプリントにこだわったのには理由があった。
一つ目は、環境への負荷を減らすこと。昨年の写真展では一般的に写真印刷に用いられる光沢紙を使ったが、写真用紙の表面にはプラスチック樹脂が塗ってあるので、展示作品をプリントすることがプラスチックを増やすことになってしまう。そこで考えたのが和紙だった。和紙を使用する場合でも樹脂や定着材は使うが、通常の写真用紙よりは圧倒的に使用量が少ないそうだ。
二つ目は、日本文化の継承への貢献だ。
「和紙には日本の文化としての長い歴史がありますが、最近は紙離れが進んでいます。京都に滞在していたときにたまたま、越前和紙の『金型落水紙』の特集をNHKの番組で取り上げていたのを見たんです。それで京都から電車に乗って福井へ行き、手漉き和紙の工房に見学に行きました。その後、四国の和紙工房などにも見学に行きました。和紙工房は後継ぎがいないことも多く、未来への継承が課題となっています。そういった素材を写真にも取り入れたいと思いました」
写真ラボのプリンティングディレクターさんとも何度もやりとりをして、和紙へのプリントが実現した。一般的な写真用紙よりも耐久性が高く、キズもつきにくい。マットな紙の質感も、たくさんの作品を展示する上で目にやさしく、優しいニュアンスや色合いが出た。
「いつかは和紙で作品を作りたいという想いがこんなに早く叶いました。自分の紙へのこだわりが、環境へも配慮した形で実現したのはとてもよかったです」
さいごに
繰り返されるサンゴの大規模白化。サンゴの再生速度を環境の変化が追い越している危機的な状況だ。それでも、サンゴを撮り続ける南條さんが確かに感じているのは、彼らの回復力や適応力、逞しく命をつないでいく力だ。地球環境の大きな転換点において、サンゴたちがどう適応し生き延びていくのか。よりよい未来のために、私たちはどうしたら環境を整える
ことができるのか。よりよい選択とはなにか、改めて考え実行していかなければならない。
<展覧会情報>
オンライン写真展「生命百景色 南條明 写真展2024 ONLINE」は2024年11月29日まで公開中!
南條明写真展「サンゴ万年の願い 生命つなぐ八重山のサンゴたち」巡回展(すべて入場無料)
京都 AMS写真館 ギャラリー1
2024年10月11日(金)~2024年10月16日(水) ※最終日は16時まで
10:00~17:45(最終日は16:00まで)
※ギャラリートーク(八重山のサンゴの今) 2024年10月13日(日)15時〜16時
〒604ー8425 京都市中京区御前通り御池上ル A’BOX
東京 ピクトリコ ショップ&ギャラリー
2024年10月22日(火)~10月27日(日)
11:00~18:00(最終日は17:00まで)
※ギャラリートーク(八重山のサンゴの今) 2024年10月27日(日)15時〜16時
〒130-0015 東京都 墨田区 横網1-2-16 東誠ビル5F
那覇 那覇市民ギャラリー 第一展示室
2024年11月5日(火)~11月10日(日)
10:00~19:00(最終日は17:00まで)
〒900-0015 沖縄県那覇市久茂地1丁目1−1 パレットくもじ6F
取材後記
9月7日に展覧会の開幕を控えながら、なんと8月30日まで撮影をしていたという南條さん。「今しか撮れないものがある」と仰っていたのが印象的でした。刻一刻と変化していく生命の姿を逃すまいと撮影を続けてこられた成果が展覧会に詰まっていました。大規模白化を目の当たりにしたショックや葛藤が色濃かった昨年とは違い、撮影を続ける中で、南條さんが感じたサンゴの回復力や適応力、生命の力強さがより一層伝わってくる展示となっていました。サンゴたちの声を聞き、代弁しているかのような南條さんの写真と言葉。私たちに何ができるか、これからの選択に反映していかなければならないと改めて思いました。
盛り沢山の展覧会で、この記事では書ききれなかったことが沢山あります。オンライン写真展や南條さんのウェブサイトでは、もっともっとサンゴのことを知ることができますので、皆様是非ご覧下さい!
南條明 Official Website https://www.akirananjo.com/
Writer Asumi
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