ゴミ拾い→アースクリーンへ
田中秀典さんといえば、毎日石垣島でゴミ拾い=アースクリーンしてる人。周囲からはヒデさん、と呼ばれ親しまれている。全国でレジ袋が有料化した2020年7月1日にビーチクリーンを始めた。始めは100日チャレンジとしてスタートしたのだが、2023年3月27日についに1000日目を迎えた。「当初は続けられるかどうかの自信もなかった」と振り返る。
取材に伺ったのは、ヒデさんが立ち上げた「合同会社縄文企画」の事務所。石垣島には、北部に行けば360度人工物が見えない場所があって、その景色はもしかすると縄文人が見ていたものと同じなんじゃないか、という考えが浮かんだ。縄文時代は、それぞれが好きなことをし、争うこともなく1万年続いたサステナブルな時代。これからは「個人が自由で、サステナブルな時代」に戻っていくという願いをこめて、「縄文企画」という名前を付けた。
毎朝ビーチクリーンを継続していく中で、その呼び名はビーチクリーンではなく「アースクリーン」になった。なぜ、「アースクリーン」なのか。
ビーチクリーンを毎日継続することは簡単なことではない。両親が暮らす岐阜に帰省の際は、海がないから川や公園でゴミ拾いをしたこともあったし、石垣島が暴風域に入っているときには一瞬屋外に出てゴミをなんとか1個だけ拾ったということもあった。考えてみれば、ビーチをきれいにすることも、街をきれいにすることも、地球をきれいにすることには変わりない。そもそも海洋ごみの8割は陸から流出しているものだ。こうした経緯の中で、より相応しい呼称として「アースクリーン」という言葉を使うようになった。
環境問題がジブンゴトに
東京や名古屋でITエンジニアをしていたヒデさんは、35歳のとき退職して自分探しの旅に出た。バックパックを背負って1年間アジア諸国を廻ったが、何がしたいかは結局見つからなかったという。でも旅が好きだったから、帰国後は日本各地へ旅を続けた。ちょうどこの頃、旅好きを活かして地域の特産品を都市部へ売るビジネスのアイディアが浮かんだが、大手企業による食品配達サービスや、直接オンラインで販売する農家が増えてきて、個人で同じ事業を始めても勝てないと思い諦めた。
ある時、行ったことのない場所へ行こうと思い立ち、初めて石垣島を訪れた。滞在していたペンションは、もずくの養殖を行う水産会社が運営する宿だった。もずくを個人向けに販売したいと聞いて、まさにやりたいと思っていたこととつながった。販売を担当するようになったヒデさんは、いつしか海に潜っての作業も手伝うようになった。
しばらく石垣島と内地を行ったり来たりしていたが、もずくを食べて人が元気になり、島の人と観光客が交流できるような食堂をつくりたいと考えるようになった。たまたまよい物件が見つかったことが決定打となって、2019年、石垣島への移住を決めた。
予算を押さえるためにDIYで店の内装を作った矢先、30年以上もずくの養殖を営む、お世話になっていた水産会社にとっても前代未聞の大不作に見舞われた。もずくがまったく育たず、収穫はゼロ。然るべきタイミングで海水温が下がらなかったことが原因ではないかというのが漁師たちの見立てだった。この時初めて、地球温暖化がジブンゴトとして降りかかった。3年続けたもずく養殖作業は、長い時だと1日10時間海に潜っているという過酷な作業だが、次の収穫を期待して、 辛くてもあと1年はやろうと決めた。ところが、今度は新型コロナウイルスが流行。飲食店を開くことは諦めざるを得なかった。
「面白そう」「楽しそう」への転換
もずくをやるために石垣島に来たのに、何をやってもうまくいかない。もうボロボロだった。いてもたってもいられなくなって、ビーチクリーンを始めた。その時は、ゴミ拾いがビジネスになるなんて考えてもみなかったが、毎日ビーチクリーンをしていると、自分が癒されていくような感覚があったという。
すると今度は、様々な出会いに恵まれた。高校生を対象とした石垣市公営塾の講師に招かれ、ゴミ拾いを通して初めて少し収入ができた。また、ライフスタイル提案商社の豊島株式会社に勤めていた中村洋太郎氏と出会い、海岸等で回収したペットボトル等をリサイクルし、環境負荷の低い新しい繊維製品として甦らせる取り組み『UpDRIFT™(アップドリフト)』の企画立ち上げに協力した。UpDRIFT™ではこれまで、星野リゾートでのTシャツ発売や北九州の小倉織のブランド小倉縞縞とのコラボレーション、ヘリーハンセンとの体験イベントなどが実現している。
1000日以上アースクリーンを継続してきたヒデさんだが、海洋ゴミというグローバルな問題を前に、無力感に襲われたこともあるという。ゴミを拾って正しい方法で捨てたとしても、結局は島の別の場所に埋め立てられるだけ。地球を俯瞰で見たら、小さな小さな石垣島の中で、ゴミを移動して何の意味があるのか。そんな中、元々某大手広告代理店の敏腕クリエイティブディレクターだった酒匂氏が「ゴミ」ではなく「過去に誰かの生活を豊かにしてくれたもの」と捉え方の転換を提案してくれた。
「ハチドリのひとしずく」という南米アンデスに伝わるお話がある。火事で燃えている森に、一滴ずつ水を運ぶ小さなハチドリの話だ。私たちはあまりに大きな問題や困難や力に取り巻かれてしまう時、それを考えるだけで気が遠くなってしまったりあきらめや無力感を覚えるものだが、どんな困難な中にいても私たち一人一人には「出来ること」が必ずある、という内容だ。環境問題に関心があって、自分も何か貢献したいと考えている人なら、一度は無力感を覚えたことがあるのではないだろうか。だが、「出来ること」は必ずあるし、「継続の力に自分自身が一番驚いている」とヒデさんは言う。
現在は、「オーシャンプラスチック™︎」というブランドで商品開発を行い、土産物店などで販売したり、海洋ゴミで仮装をして披露する「石垣ハロウィン」というイベントを開催して、環境問題を知ってもらうきっかけづくりをしている。3回目の開催となった2022年のハロウィンでは、カリフォルニアのバークレーや、宮古島など、各地で同時開催することができた。「知ってもらうには『楽しい、おもしろい、おしゃれ』といった要素が重要なんだよね」とヒデさんは言う。環境問題について発信しようとすると、危機感を煽るような表現が多くなりがちだが、入口は「面白そう」「楽しそう」の方が多くの人に届くのだ。こうやって、ジブンゴトの輪を広げていくのがヒデさんのスタイルだ。
いつかアースクリーンがなくなる日を目指して
八重山の海は、世界でも有数のサンゴ礁「石西礁湖」を有する美しい海。しかし、黒潮に乗ってアジア各国から運ばれてくるプラスチックは年間500tにのぼる。世界でも汚染度の最も高い海となってしまったのだ。
拾っても拾っても、なくならない量のプラスチック。絶望してしまいそうだが、こうした廃プラスチックをエネルギー化する技術があるという。これを使えば、流れてくる廃プラスチックが、私たちの生活のエネルギー源、つまり資源となるかもしれないのだ。世界中でエネルギーが問題となっている今、廃プラスチックがエネルギーになるとしたら、流出元となっている国々だって、資源を他国にみすみす奪われている場合ではないから、きっとプラスチックの流出が止まる。
これが、ヒデさんの描く未来だ。漂着ゴミが劇的に減り、ヒデさんのアースクリーンが終わる。Tシャツも作れなくなる。ハチドリのひとしずくには、ちゃんと未来を変える可能性があるのだ。
取材後記
環境問題に取り組もうとする多くの人が感じたことがあるであろう「無力感」。問題が大きすぎて自分が無力だと感じる。いつも元気な印象のヒデさんですが、ご自身も葛藤しながら継続してきた一人だということを今回知りました。だからこそ共感がうまれ、どんどん仲間が増えていくのかなと想像しました。ハチドリのひとしずく。一つ一つは小さなアクションかもしれないけど、そのひとしずくが未来をよくするのかも。ヒデさんの言葉に勇気をもらった取材となりました。「継続」のパワーについても、そのうち語っていただきたい…!
Writer: Asumi
画像提供:合同会社縄文企画
合同会社縄文企画 https://jomonkikaku.com/
アースクリーンツアー https://jomontours.com/
Ocean Plastic https://oceanplastic.jp/
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